牛呼吸器病症候群 (BRDC)
BRDCとは
牛の呼吸器病症候群 (BRDC:Bovine Respiratory Disease Complex) は、ウイルスおよび細菌等の病原微生物とストレス等による免疫状態の変調が複雑に絡み合って発生し、牛の産業界で最も経済的損失の大きな疾病(症候群)として知られています。Cravens [1] によると、BRDCは輸送、群編成、その他環境要因による牛へのストレス感作 → IBR、RS、PI3、BVDなどのウイルス感染 → マンヘミア・ヘモリチカ (Mannheimia haemolytica) の肺における増殖およびロイコトキシン産生 → パスツレラ マルトシダ (Pasteurella multocida)、ヒストフィリス・ソムニ ( Histophilus somni、旧 ヘモフィルス・ソムナス)、アルカノバクテリウム・ピオゲネス (Arcanobacterium pyogenes) などの二次〜三次的細菌感染により、結果として複雑な混合感染による呼吸器疾病が成立するとしています(図1)。また、マイコプラズマ類もこの進行過程に関与しており、増悪因子ないし障害を与える先行因子として考えられています。
図1 牛呼吸器病症候群(BRDC)の進行とそれぞれの関連性
ウイルス性肺炎
BRDCの原因としての病原体は様々なウイルスおよび細菌類が関与しており、BRDCの発生機序は複雑です。主に呼吸器病関連ウイルス(IBR、RS、BVD、PI3等)の先行感染に始まるとされています。
マンヘミア性肺炎
近年、わが国においても、輸送熱(shipping fever)あるいは繊維素性肺炎としてのマンヘミア性肺炎(旧名 パスツレラ性肺炎)はBRDCの中でも特に、斃死に至る経済的損失の観点から重要視されています。
原因
マンヘミア性肺炎の原因菌は主にマンヘミア・ヘモリチカ (Mh) 血清型1型であり、かつては パスツレラ・ヘモリチカ(Pasteurella haemolytica)A型に分類されていた細菌です。現在はパスツレラ・ヘモリチカという菌種名自体は存在せず、17の血清型は、Mh、マンヘミア・グルコシダ (Mannheimia glucosida) および パスツレラ・トレハロシ (Pasteurella trehalosi) の3菌種へ改編されています(図2)。
図2 菌種名の変更
米国においては、分離されたMhの約50~60%をMh 1型が占めます。1型以外の他の血清型では、2型や6型といった血清型が比較的多く分離されています。6型は約25%の割合で分離されており(図3)、米国やヨーロッパにおいては1型の次に強い病原性を有する血清型として認識されています。わが国の分離成績においても同様に1型が主流を占めますが、近年、6型も分離報告されるようになってきており [2]、同一農場から異なる血清型(例えば、1型と6型の組み合わせなど)が同時に分離されている状況も珍しくありません。
図3 米国中西部におけるMh血清型別分離率(Al-Ghamdi GM, et al., 2000)
作用機序
Mhはストレスのない健康状態では、鼻腔内あるいは扁桃に数少ない状態で常在しており、ストレスの感作およびウイルス等の感染によって気道の抗病性が低下すると、鼻腔内で病原性Mhが増殖し、吸気によって肺に移動し、Mhが保有する莢膜により容易に肺胞内に定着してコロニーを形成します。そして、急激な増殖と同時に菌体外毒素LKTを産生するようになり、LKTは肺組織内の白血球(特に、好中球)の細胞膜表面に付着します。LKT付着により、白血球は形態的変化を生じ、最終的には溶解しますが、その際放出される酵素や化学物質により、肺組織に炎症を引き起こすとされています(図4-1, 4-2)。
図4-1 マンヘミア性肺炎 感染様式
図4-2 マンヘミア性肺炎 感染様式
マンヘミア性肺炎とロイコトキシン(LKT)
マンヘミア性肺炎は、病理学的に繊維素性肺炎、繊維素性化膿性肺炎、あるいは胸膜肺炎を呈しており、肺病変部における好中球の集簇を特徴としています。マンヘミア性肺炎の病変形成過程は、様々な研究者によって研究されており、Mhより産生されるLKTが大きな役割をなすことが解っています。LKTはグラム陰性菌より産生される外毒素の一種で、MhばかりでなくActinobacillus actinomycetemcomitans、Fusobacterium necrophorumなどからも産生されます[3]。
このLKTの好中球に対する作用は、LKT濃度に比例しており、濃度変化と共に好中球の細胞骨格変性、脱顆粒、核濃縮、核溶解、核崩壊、アポトーシス、細胞膜小孔形成等の様々な形態的変化が認められます。また、LKTの好中球に対する作用は副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の感作によっても影響を受けることが知られており[4]、ストレスがマンヘミア性肺炎の発生に関して重要な要因となるものと推察されます。
このように、LKTが作用した好中球の溶解によって損傷を受けた肺組織にPm、Histophilus somni、Arcanobacterium pyogenes 等の二次〜三次的感染が加わると、さらに病勢が悪化・進行し、治療はさらに困難を極めます。
マンヘミア ヘモリチカ(Mh)とIBRの相互作用
Naritaらの報告[5]では、BHV-1あるいはMhをそれぞれ単独感染させた場合よりも、BHV-1を先行感染させた後にMhを感染させた場合、牛の気管支肺胞洗浄液中のエンドトキシン量がそれぞれの単独感染と比較して著しく増加した(図5)ことから、BRDCを考察する上で、MhとIBRの相互関係も極めて重要なポイントとなっている。
BHV-1単独、マンへミア・ヘモリチカ単独あるいはBHV-1人工感染4日後にマンへミア・ヘモリチカを気管内へ人工感染させた子牛の気管支肺胞洗浄液中のエンドトキシン量
(Narita M. et al., J Comp Path, 123:126-134,2000)
図5 マンヘミア・ヘモリチカ(Mh)とIBR
BRDC対策とワクチン
BRDC対策には、1)ストレスの軽減、2)ウイルス疾病の予防(ウイルスワクチンの投与)、3)MhワクチンによるMhの増殖抑制およびLKT中和、4)二次的〜三次的感染の予防・治療が重要となります。前述したように、ウイルス感染との相互関係およびBRDC病勢悪化への関与の点からも、Mhは重要な病原因子であることから、ワクチンによってLKTを中和し、肺組織損傷を最小限にとどめることが、二次~三次的感染被害を最小にし、治療回数を削減する上で有効な方法となり得るでしょう。
ワクチン
平成16年にわが国においても発売開始されたMh感染症対策ワクチン(リスポバル)は、Mh 1型菌のLKTをトキソイド化したロイコトキソイドおよび莢膜抗原を主要抗原とする日本で初めてのMhワクチンであり、1回の投与で、少なくとも4ヶ月間有効性が持続し、含まれている2種類の抗原により、Mhの肺における増殖抑制およびLKTの中和が可能となるため、BRDC対策の大きな要として期待され、全国的に繁用されるに至っています。
おわりに
日本における牛の管理は、養鶏や養豚と異なり、その飼育規模から、個々の個体を管理、診療する個体管理が基本でした。ところが、近年の多頭飼育に伴い、特に、疾病面ではストレスによる群単位のBRDC発生により、従来の個体診療では、有効性、経済性の面からも対応が困難な状況となってきています。米国では、数十年前よりフィードロットに対応して、養鶏や養豚の飼育管理で用いられている群管理(herd health management)の牛への適応が進んできました。群全体の免疫状態を良好な状態で確保することは、BRDCをコントロールする上で最も重要であると思われ、日本においても飼育管理やワクチンによる予防的対応を充分に取り入れた総合的な群管理の考え方へ移行していく必要があるでしょう。
引用文献
- [1]Cravens, R.L. (2004) : アメリカにおける牛呼吸器病症候群の現状と対策. 臨床獣医. 22 (6) 15-19.
- [2]村上美雪、幸野亮太、伊豆一郎 (2005) : 熊本県におけるMannheimia haemolytica感染症の疫学的解析. 第54回九州地区獣医師大会講演要旨集、116.
- [3]Narayanan, S.K., Nagaraja, T.G., et al. (2002) : Leukotoxins of gram-negative bacteria. Veterinary Microbiology. 84:337-356
- [4]Krabbel, B.J. and Miller, M.W. (1997) : Effect of simulated stress on susceptibility of bighorn sheep neutrophils to Pasteurella haemolytica leukotoxin. J. Wild. Dis. 33:558-566
- [5]Narita, M., Kimura, K., et al. (2000) : Immunohistochemical Characterization of Calf Pneumonia Produced by the Combined Endobronchial Administration of Bovine Herpesvirus 1 and Pasteurella haemolytica. Journal of Comparative Pathology. 123: 126-134