IPCの活用で生産性向上を目指す
疾病は、罹患している豚を早期に見つけ出し、治療することで回復する可能性が高まる。養豚場では群管理を主体に1頭1頭を丁寧に観察することが重要視されているが、“豚を見る目”には個人差があり、時には治療のタイミングが遅くなってしまうこともあるだろう。本連載では、早期発見・早期治療に役立つ個体管理をよりシステマチックに、高い精度で実施するツール“IPC”の概要と実践例を紹介する。
全員の目合わせができる教育ツール
農場の収益は豚の能力だけでなく豚を管理する作業者によっても大きく左右されるため、養豚場経営においてはきちんとしたスタッフ教育が必要だ。“教育”という点では、養豚場の仕事に限らず、古くから“事細かに教わらずとも、先輩や上司の背中を見ながら、自分なりに解釈をして仕事を覚える”ことが美徳とされてきたきらいがあるが、どうしても個人差が生まれてしまいがちでもある。そこで最近は、基本的な仕事内容や管理者の心得などを記したマニュアルを独自に作ったり、すでに公表されている指標などを参考にして、目標とするスタッフ像を示すケースが増えている。
欧米で取り入れられているトレーニングの1つに「Husbandry Education」というものがある。これは、豚をどのように飼養すればよいかといった心構えや飼養環境の整備方法など、豚の扱い方をはじめ養豚に関する多岐にわたる内容が盛り込まれている。
中には写真に示すような観察のポイントを押さえながら病豚を正しく評価し、早期発見・早期治療に役立たせるシステム「Individual Pig Care:IPC(豚の個体診療)」も含まれている。
IPCの目的は、疾病対策に最も大切な早期発見・早期治療を行うことだ。もちろん、疾病がないことにこしたことはないのだが、多くの豚が同じ空間で生活をしている豚舎内において、全く問題がないという場面はそうそうない。疾病を発生させないための管理と並行して疾病に罹患した際の対応をどうするかが、農場の生産性に大きく影響する。というのも、疾病に罹患した豚は早い段階で見つけ出し、適切なタイミングに適切な量・種類の薬剤で治療をすれば、問題を最小限に抑えることができるためだ。IPCなどの教育ツールがあれば、農場スタッフ全員が同じ目線で豚舎内を観察・状況判断ができるようになり、問題を早期に解決できる可能性が高まる。
また、早期発見・早期治療は薬剤の適正・慎重使用にもつながるため、薬剤コストの削減と、現在薬剤耐性(AMR)対策アクションプランを軸に取り組まれている耐性菌発現対策にも役立つだろう。
やってみよう!IPC
では、IPCの具体的な取り組み方法を見てみよう。
ステップ1 豚舎全体の観察
個体診療とはいえ、まずは豚舎内の状況を把握する必要がある。豚を驚かさないよう静かに豚舎に入り、以下のポイントを確認しながら見回る。
- 寝姿
- 豚が重なっていないか、脚を腹の下にして腹ばいになっていないか。このような場合、豚は寒がっている可能性が高い
- 室温
- 人間の高さでなく、豚の高さの温度はどうか
- 空気の質
- 湿度が70%以上になっていないか。アンモニアなどの刺激臭はないか。湿度が70%以上ある場合は天井や床、給水管、入気口などが結露していることが多い
- 呼吸器症状
- せきやくしゃみをしていないか。静かに豚舎に入った直後の自然な状況と豚を起こしてみたときの状況で注意深く観察する
ステップ2 豚房の観察
次に、豚房を1つの群として観察する。チェックポイントは以下の6つである。
- 快適性
- 飼料や水を自由に摂取できているか。けんかをしていないか。密飼いになっていないか
- 行動
- 他の豚に踏みつけられていないか。体の側面を小突き回されていないか。もしこのような場合、疾病に罹患している可能性がある
- 飼料や給餌器
- 給餌器から適切な量の飼料が出ているか
- 給水器
- 水は十分に出ているか。給水器の高さや向きは豚に合っているか。ニップルの場合、豚の肩の位置で、水平よりも斜め下向きが望ましい
- 床
- 軟便や下痢、吐しゃ物で汚れていないか
- 設備
- 柵や床、フィーダーなどが破損していないか
ステップ3 豚の観察
1頭当たり1〜2秒ほどをかけて「鼻から尾、背中から腹、つま先まで」を以下のポイントも踏まえて観察する。
- 鼻
- 湿っているか。ピンク色か。鼻水や鼻血、鼻が真っ白な状態は要注意
- 目
- 冴えているか。人や周囲に注意を払っているか。涙目や目やにの付着、充血をしている場合は要注意
- 耳
- ピンと立っているか。ピンク色か。通常耳が立っている品種が垂れている、変色している(真っ白、紫色)、腫脹がある際は要注意
- 呼吸
- 無理なく自然にできているか。激しくヘコヘコしている腹式呼吸や努力呼吸は呼吸器疾病の兆候。ただし、室温が高いと呼吸が速くなる傾向がある
- 飼料摂取量
- 十分か? 脇腹を観察しあばらの後ろのくぼんだ箇所(膁部)にへこみがあるようなら、24時間以上飼料を食べていない可能性が高い
- 姿勢
- 冴えているか。人や周囲に注意を払っているか。涙目や目やにの付着、充血をしている場合は要注意
- 尾部・臀部
- 汚れていないか。ふん便で汚れていれば消化器疾病のサイン
- 被毛
- 滑らかでつやがあるか。粗剛になっていれば寒冷か衰弱のサイン
- 脚や関節
- 歩行に問題はないか。四肢は腫れていないか
これらの観察をもとに豚を健康豚、A豚、B豚、C豚、E豚の5段階に分類し、対処法を検討する(表)。疾病の初期段階であるA豚の状態で見つけられれば、治療の効果は高く、治癒する可能性も高い。
一方、E豚は回復が見込めない豚。この状態まで症状を進行させてはならない。できるだけ苦痛を与えない方法での安楽殺を検討する。
ステップ4 アクション実行
観察して豚の状態を知るだけでは意味がない。引き続き経過観察が必要なもの、治療を施すものを把握できたら、アクションを起こす。
・農場の飼養管理に則って、室温、換気、飼料、飲水などの問題点を適切に調整する
・農場長や管理獣医師に相談し、治療や隔離など最善の処置を決定する
症状はA豚から始まる
農場のメンバーが同じレベルで観察するコツは、定期的に場長や責任者などと一緒に豚舎を見回り、目合わせすることである。こうすることで、農場スタッフ内の観察のズレはなくなってくるだろう。また当然だが、新人スタッフがすぐにベテランスタッフと同じように観察ができるようにはならない。観察時間を1頭当たり1〜2秒にするというのは、あくまで目標。健康な豚の特徴もしっかり把握した上で、日々豚を見るトレーニングを地道に行い、徐々に技術を向上させることが大切となる。
疾病に罹患する豚には、必ずA豚の段階が存在する。急性の疾病ももちろんあるが、A豚からB豚、B豚からC豚、C豚からE豚に移行するスピードが速いだけ。管理者が見逃すことなくしっかり観察をすれば、A豚段階で対処ができ、疾病からの回復が早く見込め、疾病の拡大を抑えられるなど農場にとってのメリットも大きいと言えるだろう。
残念ながら疾病対策に魔法のような解決策は存在しないが、管理者が豚を救えるタイミングを見逃さないことこそが最大の防御であり、有効な手段でもある。疾病に対する守りを固めるため、IPCが農場にとっての一助となるのではないだろうか。